――俳優の常識を覆す“不都合な真実”
「感情を完璧にコントロールできる方法など存在しない!」
これは、長らく演技教育の現場で信じられてきた“常識”である。
才能ある俳優だけが、あるいは天才的な感性を持つごく一部の人間だけが、自在に感情を操れるのだと。そして多くの俳優志望者は、自分がその少数派に入れなければ諦めざるを得ないと刷り込まれてきた。
だが、私は断言する。感情のコントロールは才能ではない。技術である。
・マイケル・チェーホフが残した手がかり
その根拠は、マイケル・チェーホフの著書『演技者へ!』の中にある。
122ページ――エクササイズ15「個人的感情」。そこには、感情を完全にコントロールするための訓練方法が記されている。
マイケル・チェーホフは決して「怒りはこうすればよい」「悲しみはこうすればよい」と直接的に書いてはいない。彼自身の独特の用語を用いた表現となっている為、、多くの読者はその意味を理解することが出来ずに読み流してしまうだろう。
だが私はこのページにこそ、俳優が夢に見る「感情を瞬時に、何度でも、思い通りに創り出す」技術の核心が記されていると断言する。
実際にそのエクササイズを繰り返せば、俳優は感情を自在に呼び起こすことができるようになる。それも一度きりの偶然ではなく、再現性をもって――つまり、現場で求められる「何度でも同じ強度で繰り返す」ことが可能になるのだ。
・他のメソッドとの決定的な違い
ここで強調しておきたいのは、この方法が他の演技メソッドの感情創出法とは全く異なるという点だ。
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スタニスラフスキー・システムやメソッド演技の「感情の記憶」:過去の体験を呼び起こし、その感情を利用する。だがこれは俳優に大きな精神的負担を強い、再現性も乏しい。
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魔法のIf(もしも):想像力で状況を信じ込む方法。しかし「思い込み」は環境やその日の心境に左右されやすいし、なにより観客に感情が伝わらない。
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身体行動法:立ち方や呼吸を変えて感情を誘発する。だが身体の癖に依存するため、持続的な安定感に欠けるし、即時の再現性がない。
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スーパーオブジェクティブ:役の目的や欲望を行動の源にする。しかしそれ自体は感情創出の直接的な方法にはならない。
これらの方法はそれぞれ演技技術の向上には一定の価値を持つだろうが、「どんな場面でも、瞬時に、何度でも」という条件を満たすものではない。
マイケル・チェーホフのエクササイズは、それらとは一線を画す“別次元のアプローチ”なのである。
私のワークショップを受けた俳優たちは、この技術を数ヶ月で体得する。例えば、怒りから悲しみへ――通常なら相反する感情の切り替えに苦労するところを、わずか数秒で往復できるようになる。
そして何より重要なのは、この技術が精神的負担を伴わないことだ。過去のトラウマを掘り返す必要もなければ、感情を出そうと気負う必要もない。むしろ、感情が自由に動くことでが楽しくて仕方がなくなるだろう。
実際に受講生たちは「この方法の方が圧倒的に楽であり、5分後に本番と言われても焦ることがなくなる」という。

<マイケル・チェーホフ>
・なぜ多くの指導者が気づかないのか
では、なぜこのような素晴らしい方法が俳優達に広まっていないのか。答えは簡単だ。指導者自身がその方法がある事に気がついていないからだ。
それはなぜか?
その答えはとても単純であり、罪深い。
「指導者がセンターについて理解できていないから」である。
チェーホフの書き残した「センター」が何なのかを明確に理解できていれば、感情のコントロール方法がこんなにもハッキリと書かれていることは一目瞭然なのだ。
古今東西、世界中で『演技者へ!』を読んだ俳優や演技コーチらは数え切れないほどいるだろう。しかし「そこに感情コントロールの答えがある」と見抜ける人はおそらくいないのではないだろうか。
残念ながら、それほど、センターというものの理解がなされていないし、それはつまり、本物のチェーホフメソッドが現代に受け継がれていないことを意味してしまう。
結果として、感情をコントロールする術など無いことが常識となっており、俳優の成長が止まると「才能がないからだ」と結論づけることが当たり前となってしまっている。
これは、教える側の明らかな力量不足を俳優の感性不足にすり替えているのであって、恥ずべきことだと私は思っている。
実際、このチェーホフが遺した感情のコントロール方法は誰でも体得できる。
必要なのは、正しく導いてくれる指導者と、継続的に訓練する環境だけだ。
・仲メソッドにおける位置づけ
私が行う「仲メソッド」では、全20回の講義のうち感情のコントロールは15、16回目あたりに登場する。なぜ終盤なのか。それは1~14回の積み重ねによって、俳優が「感情を創り出す基盤」を手にするからだ。
私のワークショップは週1回なので、開始から4ヶ月後には教わることになる。たった4ヶ月で感情を完璧にコントロールするための訓練方法を知ることが出来る演技ワークショップはおそらく他には無いだろうと自負している。
実際、15、16回目時点の受講者たちは特定の感情状態に数秒で移行できるようになっているし、過去に出来なかった者はいない。
少しだけ話はズレるが、マイケル・チェーホフの「演技者へ!」は非常によくできたテキストである。今度改めて書こうと思うが、この本は、前から順番に体得することで、名優の演技術が理解できるように設計されている。決して順序を入れ替えて習得できるものではないのだが、このことに気付いている人にも出会ったことはない。
・つまり、感情は技術である
さて、私はここで、もう一度はっきりと宣言したい。
感情の創出とコントロールは、才能ではない。技術である。
俳優が「感情を技術として持つ」ことができれば、「演じる」から「生きる」へと進化する。嘘のない感情を、瞬時に、何度でも、観客やカメラに伝えられる俳優へと変貌するのだ。
現在の演劇業界にとって、この不都合な真実は、もしかすると多くの演技コーチにとって耳障りなものかもしれない。だが、俳優にとっては希望そのものである。
だからこそ私は伝えたい。感情を扱うことに悩んでいる俳優たちには、どうか知ってほしい――感情はあなたの中に眠る“才能”ではない。正しく学べば、誰もが手にできる“技術”なのだ。
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