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仲祐希
ウイリアム・シェイクスピアの人生(13/13)
観測者としてのシェイクスピア ― 俳優への遺産
皆さんは、ウィリアム・シェイクスピアという人間をどのような人物だと思っていただろうか。
詩人か。
哲学者か。
夢想家か。
それとも「人類最高の劇作家」という抽象的な称号の集合体か。
だが、ここまで彼の人生を辿ってきた今、はっきりと言えることがある。
シェイクスピアは、理想を語る人間ではなかった。
彼は「世界をどうあるべきか」とは書かなかった
シェイクスピアの作品には、明確な倫理的結論がほとんど存在しない。
-
正義は勝つべきだ
-
愛は尊い
-
権力は腐敗する
-
人は成長する
――そうした「正しそうな言葉」は彼の戯曲にはほとんど書かれていない。
代わりにあるのは、
-
人は恐怖の前でどう振る舞うか
-
人は愛を失うと何をするか
-
人は権力を得たとき、どう壊れるか
-
人は後悔の中で、どのように沈黙するか
という、行動の連なりだけである。
なぜ彼の作品は時代を超えたのか
それは、彼が「時代の意見」を書かなかったからだ。
彼が書いたのは、人間が現実の中で “ついしてしまうこと” だった。
理想ではない。
美談でもない。
英雄譚ですらない。
-
ハムレットは、悩み続けて行動できない
-
マクベスは、後戻りできないと知りながら進む
-
リア王は、老いと孤独の中で正気を失う
-
ロミオとジュリエットは、善意のまま破滅する
これらはすべて、現実に起こり得る人間の振る舞いである。
だからこそ時代が変わっても、社会が変わっても人間が変わらない限り作品は生き続ける。
シェイクスピアは「感情」を書いたのではない
俳優にとって、ここが最も重要な点だ。
シェイクスピアは感情を説明しない。
怒っている。
悲しんでいる。
愛している。
――そうした感情名は行動の結果としてしか現れない。
彼が描いたのは、
感情が生まれた結果、
人が「何をしてしまうか」
である。

<最初の全集ファースト・フォリオ(1623年)に掲載された肖像画>
俳優への最大の学び
だから、シェイクスピアが俳優に遺した最大の遺産はテクニックでも台詞でもない。
視点である。
-
感情を“感じよう”とするな
-
心情を“説明しよう”とするな
-
理解しようとする前に、行動を見よ
彼はその作品中、一貫して俳優にこう問いかけている。
この人物は、
この状況で、
実際に何をしてしまう人間なのか?
シェイクスピアは人間を信じすぎなかった。
同時に、人間を見捨てもいなかった。
だからこそ彼の作品には「断罪」も「救済」もない。
あるのは、引き受けることだけである。
作品の前に、人間を理解せよ
俳優にとって、シェイクスピア作品は難しいと言われる。
だが、それは言葉が古いからでも、構造が複雑だからでもない。
人間を直視することが難しいからだ。
人間の中に蠢く卑怯さ、弱さ、執着、見栄、恐怖 …etc
それらを否定せずに、そのままを舞台に表現することが求められる。
もし、あなたが俳優としてシェイクスピア作品に向き合うなら。
まず作品を読む前に、人間・シェイクスピアを思い出してほしい。
夢を語る天才ではない。
理想を振りかざす哲学者でもない。
「人間は、現実の中でこう振る舞ってしまう」
それを、冷静に、誠実に、見続けた一人の人間。
その視線こそが400年を超えてなお、俳優を試し続けている。
「まず、人間を理解せよ」
それが、ウィリアム・シェイクスピアが俳優たちに遺した最も静かで、最も厳しい遺産ではないだろうか。
参考文献・研究資料
-
A. C. Bradley
Shakespearean Tragedy
Macmillan, 1904 -
Harold Bloom
Shakespeare: The Invention of the Human
Riverhead Books, 1998 -
David Crystal & Ben Crystal
Shakespeare on Toast
Icon Books, 2002 -
Konstantin Stanislavski
An Actor Prepares
Routledge, 1936 -
Peter Brook
The Empty Space
Penguin Books, 1968
補足(全回共通の史料基盤)
-
British Library 所蔵
Shakespeare’s Will (1616) -
The National Archives (UK)
Lord Chamberlain’s Men 関連記録 -
Oxford Shakespeare / Arden Shakespeare 各校訂版戯曲
次回
ウイリアム・シェイクスピアの人生(12/13)
ストラトフォードへの帰還 ― 沈黙の選択
1600年代初頭。
シェイクスピアは、徐々にロンドンを離れはじめる。
彼は突然姿を消したわけではない。
だが、確実に第一線から距離を取っていった。
それは失敗でも、追放でもない。
むしろ、十分に成功した者の選択だった。
シェイクスピアがロンドンを離れた理由はひとつではない。
史料から読み取れるのはいくつかの現実的な要因の重なりだ。
-
経済的成功
-
劇団経営者としての責任からの解放
-
疫病が繰り返される都市環境
-
年齢と体力
-
家族との距離
彼はすでに、地代収入、劇場からの分配金、不動産収入など、いくつもの収入減を持つ裕福な市民だった。
働き続けなければ生きられない立場ではない。
ストラトフォードという場所
シェイクスピアが戻ったのは、生まれ育った町、ストラトフォード・アポン・エイヴォンである。
ここはロンドンとは正反対の場所だ。
-
小さな町
-
商人と農民の生活
-
噂がすぐ広まる共同体
-
劇場も宮廷もない
だが、彼にとってここは「逃避先」ではない。
出発点であり、帰結点だった。

<シェイクスピアの終の棲家>
なぜ彼は自分を語らなかったのか
シェイクスピアについて語るとき、必ず浮上する疑問がある。
なぜ彼は、
自分自身についてほとんど何も書き残さなかったのか?
日記はない。
書簡もほとんど残っていない。
自伝もない。
だが、その理由は彼の作品を見れば理解できる。
シェイクスピアは、
-
教訓を語らない
-
正解を提示しない
-
作者の意見を前面に出さない
彼は常に人間の行動を提示するだけである。
善人も悪人も弁明は与えられない。
その姿勢は、私生活にも一貫していたと考えられる。
地方での生活と死
1616年4月23日。
シェイクスピアは、ストラトフォードで息を引き取る。
52歳。
当時としては決して短命ではない。
彼の墓碑には、よく知られた警句が刻まれている。
友よ、イエスのために慎んでくれ
ここに眠る塵を掘り起こさぬよう
この石を尊ぶ者に祝福あれ
そして骨を動かす者に呪いあれ
名声を語る言葉はない。
功績を誇る言葉もない。
ただ、静かに眠ることへの願いだけがある。

<シェイクスピアの墓碑>
次回はいよいよ最終回。
「観測者としてのシェイクスピア ― 俳優への遺産」
彼は何を遺したのか。
なぜ作品は時代を超えたのか。
そして、俳優が彼から学ぶべき最も重要なこととは何かについて纏めていく事にする。
参考文献・研究資料
-
Katherine Duncan-Jones
Ungentle Shakespeare: Scenes from His Life
Arden Shakespeare, 2001 -
Park Honan
Shakespeare: A Life
Oxford University Press, 1998 -
Stanley Wells
Shakespeare & Co.
Oxford University Press, 2006 -
Peter Ackroyd
Shakespeare: The Biography
Anchor Books, 2006
次回 ウイリアム・シェイクスピアの人生(13/13)
ウイリアム・シェイクスピアの人生(11/13)
晩年と和解 ― 破壊から再生へ
シェイクスピアの後期作品を読むと、それまでの激しさとは明らかに異なる気配が漂っている。
権力闘争は影を潜め、復讐は完遂されず、破壊は最終目的ではなくなる。
そこにあるのは、和解、赦し、再生、そして手放すことだ。
この変化は、作家としての成熟だけで説明できるものではない。
それは、彼が生きた時代の変化と、彼自身の人生の位置と深く結びついている。
エリザベス女王の死と時代の転換
1603年、長きにわたりイングランドを統治したエリザベス1世が崩御する。
彼女の治世は、安定と同時に緊張と抑圧の時代でもあった。
その後を継いだのが、スコットランド王ジェームズ6世――
イングランド王ジェームズ1世である。
この王の即位により、政治的空気は大きく変わった。
-
宮廷文化の変化
-
王権の性質の変化
-
演劇への関心の変化
そして何より、シェイクスピアの劇団は王直属の劇団(King’s Men)となる。
保護は強まったが、同時に「観測者としての距離」も生まれた。
疫病と死の影
この時代、ロンドンは繰り返しペスト(黒死病)に襲われている。
劇場は閉鎖され、興行は中断され、人は突然命を落とす。
シェイクスピア自身も近しい人々の死を何度も経験している。
1607年には弟エドマンドが死去。
そして1616年には彼自身の死が近づいてくる。
死が、常に日常のすぐ隣にあった時代。
それは、世界をどう描くかに大きな影響を与えた。
後期作品 ― ロマンス劇の誕生
この時期に書かれた作品群は、一般に「ロマンス劇」と呼ばれる。
代表作は、
-
『ペリクリーズ』
-
『シンベリン』
-
『冬物語』
-
『テンペスト』
これらの作品には明確な共通点がある。
『冬物語』 ― 時間が赦すもの
『冬物語』では、嫉妬と誤解によって家庭が崩壊する。
王レオンテスの疑念は、妻を死に追いやり娘を捨てさせる。
だがこの物語は、復讐では終わらない。
16年という時間が流れ、過ちが露わになり、失われたものが形を変えて戻ってくる。
ここで描かれているのは、
人は間違える
だが、時間は人を変える可能性を持つ
という極めて現実的で同時に静かな希望だ。

<冬物語>
『テンペスト』 ― 手放す者の物語
『テンペスト』は、シェイクスピア最後の単独作とされる。
主人公プロスペローは、
-
知識を持つ者
-
魔術を操る者
-
かつて権力を奪われた者
である。
彼は復讐できる立場にある。
だが、最終的に選ぶのは――
復讐ではなく、赦し
支配ではなく、放棄
魔術の書を捨て、力を手放し、島を去る。
これは、作家自身の姿と重ねて読まれてきた。
若き日の怒りとの距離
初期・中期のシェイクスピアは、野心、嫉妬、権力欲、暴力を徹底的に描いた。
それらは消えたわけではない。
だが、晩年の彼はこう示す。
怒りは理解できる
だが、それに留まり続ける必要はない
これは理想論ではない。
現実を知り尽くした人間の選択である。
破壊の先にあったもの
シェイクスピアは、世界が残酷であることを否定しなかった。
だが同時に
・人は変わり得る
・赦しは弱さではない
・手放すことも力である
という視点を、最後に提示した。
それは、長く観測し続けた者だけが辿り着ける地点だった。
次回は、シェイクスピアがロンドンを離れ、ストラトフォードへ帰還する理由を描く。
なぜ彼は沈黙を選んだのか。
なぜ自分を語らなかったのか。
そして、「説明しない人間」という一貫した姿勢の意味を考えていく。
参考文献・研究資料
-
Stephen Greenblatt
Will in the World: How Shakespeare Became Shakespeare
W. W. Norton & Company, 2004 -
Jonathan Bate
Soul of the Age: A Biography of the Mind of William Shakespeare
Penguin Books, 2008 -
Northrop Frye
A Natural Perspective: The Development of Shakespearean Comedy and Romance
Columbia University Press, 1965 -
E. M. W. Tillyard
The Elizabethan World Picture
Vintage, 1961
次回 ウイリアム・シェイクスピアの人生(12/13)
ウイリアム・シェイクスピアの人生(10/13)
劇場経営者としての顔 ― グローブ座と現実感覚
ウィリアム・シェイクスピアを「孤高の天才」「貧しい詩人」として想像しているなら、それは事実とは大きく異なる。
彼は確かに天才だった。
しかし同時に、非常に現実的で、計算ができ、社会を理解した人物でもあった。
シェイクスピアは、単なる“雇われ脚本家”ではない。
彼は俳優であり、そして劇団の株主(シェアホルダー)だった。
彼が所属したのは、ロード・チェンバレンズ・メン(Lord Chamberlain’s Men)。
のちに王の庇護を受け、キングズ・メン(King’s Men)となる劇団である。
この劇団は、当時のイングランドで最も成功した演劇集団の一つだった。
グローブ座という「ビジネス」
1599年、ロンドン南岸に建てられた円形劇場―グローブ座(The Globe Theatre)。
この劇場は、単なる上演空間ではない。
-
木材の調達
-
建設費
-
維持管理
-
興行収入の分配
すべてが投資と回収の対象だった。
シェイクスピアは、この劇場の共同所有者でとなった。
つまり彼は、
作品が当たらなければ、
自分の生活も成り立たない立場
にいたのだ。
商業演劇の只中で生きた作家
当時の演劇は、貴族の娯楽ではなく完全に大衆ビジネスだった。
-
立ち見の労働者
-
商人
-
船乗り
-
学生
-
そして貴族
あらゆる階層が同じ空間で芝居を観る。
彼の戯曲は、この混合観客を前提に書かれている。
だからこそ、
-
下品な冗談
-
高度な修辞
-
哲学的独白
-
身体的笑い
が同時に存在する。
これは芸術的気まぐれではない。
観客を逃さないための、極めて合理的な判断であったと言えるだろう。

芸術と金銭を切り離さなかった理由
ここが、シェイクスピアを理解するうえで極めて重要な点である。
彼は、「芸術は金から自由であるべきだ」などとは、一度も言っていない。
むしろ逆だ。
-
芝居が売れるか
-
観客が戻ってくるか
-
次の興行が成り立つか
それを常に考えながら、最前線で書き続けた。
これは劇場経営者としての責任感ゆえであろう。
なぜ、彼の戯曲は“上演に強い”のか
シェイクスピア作品が、今なお舞台に耐えうる理由。
それは彼が、稽古場を知っていて、舞台装置の制約を知っていて、俳優の力量と限界を知っていた「現場の人間だった」からだ。
彼の台詞は、
-
言えない言葉ではない
-
動けない動線ではない
-
観客に届かない構造ではない
という特徴があり、そのすべてが実践を前提に書かれている。
現実感覚こそが、作品を永続させた
彼は理想を語らなかったし理念も掲げなかった。
その代わり、「人は金で動く」「人は立場で変わる」「人は矛盾した存在である」という現実から一度も目を逸らさずに描いた。
それは、彼自身が現実の中で成功し、現実から逃げなかった人間だったからに他ならない。
次回は、シェイクスピアの晩年へと進む。
怒り、野心、破壊、裏切り――
それらを描き尽くした男が、最終的に辿り着いたテーマは何だったのか。
『冬物語』
『テンペスト』
そこに現れるのは、若き日の激しさとは異なる赦し・再生・手放すことの感覚である。
参考文献・研究資料
-
Stephen Greenblatt
Will in the World: How Shakespeare Became Shakespeare
W. W. Norton & Company, 2004 -
Jonathan Bate
Soul of the Age: A Biography of the Mind of William Shakespeare
Penguin Books, 2008 -
Northrop Frye
A Natural Perspective: The Development of Shakespearean Comedy and Romance
Columbia University Press, 1965 -
E. M. W. Tillyard
The Elizabethan World Picture
Vintage, 1961
次回 ウイリアム・シェイクスピアの人生(11/13)
ウイリアム・シェイクスピアの人生(9/13)
シェイクスピアが見た「人間社会」
ウィリアム・シェイクスピアが描いた世界には、必ず権力と群衆が存在する。
王がいて、貴族がいて、民衆がいる。
英雄がいて、扇動者がいて、沈黙する多数者がいる。
そして彼は、そのどちらにも寄らなかった。
ロンドンという「世界の縮図」
16世紀末から17世紀初頭のロンドンは、世界でも稀に見るほど矛盾と緊張を抱えた都市だった。
-
王権は強大だが、常に不安定
-
宗教対立は表向き収束しつつも、地下で燻る
-
商業は発展し、貧富の差は拡大
-
人口は急増し、疫病は周期的に街を襲う
シェイクスピアは、この街で生き、働き、観察していた。
彼は大学で政治思想を学んだわけではない。
だが、現場で社会を学んだ。
王を描きながら、王を語らなかった男
『リチャード三世』
『リチャード二世』
『ヘンリー四世』『ヘンリー五世』
彼は多くの「王」を描いた。
だが、注意深く見れば分かる。
シェイクスピアは、王の正しさも、王の偉大さも断言しない。
彼が描くのは常に、
-
権力を持った人間が、
-
どのように振る舞い、
-
どのように孤独になり、
-
どのように判断を誤るか
という、行動の連なりだ。
王とは何か。
正義とは何か。
それらを語るのではなく、そうせざるを得ない人間の姿を見せる。
ここに彼の冷静さが垣間見える。
群衆という、最も危うい存在
シェイクスピアが最も厳しく描いた存在――それは、群衆かもしれない。
『ジュリアス・シーザー』において群衆は一瞬で意見を変える。
-
英雄を讃え
-
次の瞬間に罵倒し
-
感情に流され、暴力に転じる
ここには理想化も、救済もない。
彼は、「民衆は愚かだ」と言いたかったわけではない。
むしろ、人間は集団になると、こう振る舞ってしまうという、冷酷なまでの観測記録を残したのだ。

<カエサル暗殺>
危険な時代に、危険なことを書いた理由
エリザベス朝イングランドでは、政治的に「危険な言葉」は命取りになりかねなかった。
検閲は存在し、反逆的と見なされれば処罰される。
それでも彼は王の失政を書き、権力の腐敗を書き、群衆の残酷さを書いた。
なぜか。
答えは単純だ。
彼は思想家ではなかったからであり、観測者であることをやめなかったからだ。
善悪を裁かないという勇気
シェイクスピアの作品には、明確な「答え」がない。
-
誰が正しいのか
-
誰が間違っているのか
-
どう生きるべきなのか
それらは、決して作者の口から語られない。
代わりにあるのは、行動、選択、その結果だけだ。
これは逃げではない。
判断を観客と俳優に委ねる、極めて誠実な態度である。
俳優に託された責任
この地点で、シェイクスピアははっきりと俳優にバトンを渡している。
-
感情を演じるな
-
思想を語るな
-
行動を、正確に生きろ
その結果として、観る者が何を感じるかは、作品と俳優の共同作業になる。
彼の戯曲が、400年以上も演じ続けられている理由は、ここにある。
次回は、シェイクスピアのもう一つの顔、「劇場経営者」としての現実感覚に踏み込む。
彼は決して、理想だけで書いていた人間ではない。
むしろ彼は、芸術と金銭、創作と生活を切り離さなかった、
極めて現実的な男だった。
そしてその現実感覚こそが、彼の作品を地に足のついたものにした。
参考文献・研究資料
-
Andrew Gurr
The Shakespearean Stage 1574–1642
Cambridge University Press, 1992 -
James Shapiro
1599: A Year in the Life of William Shakespeare
Faber & Faber, 2005 -
Tiffany Stern
Making Shakespeare: From Stage to Page
Routledge, 2004 -
S. Schoenbaum
William Shakespeare: A Documentary Life
Oxford University Press, 1975
ウイリアム・シェイクスピアの人生(8/13)
崩れゆく世界とシェイクスピアの冷徹な視線
ウィリアム・シェイクスピアが悲劇を書き始めたのは、文学的な成熟の結果ではない。
世界が、悲劇的な相貌を露わにし始めたからである。
第6回で触れたように、彼の喜劇はすでに不安定だった。
笑いは成立していたが、その下では常に、社会の亀裂と人間の脆さがきしんでいた。
そして16世紀末から17世紀初頭、イングランド社会そのものが、もはや「笑い」で覆い隠せない段階へと入っていく。
1. エリザベス一世晩年 ― 静かに進む不安の時代
エリザベス一世の治世後半、表向きイングランドは安定しているように見えた。
だが実際には、
といった問題が、静かに社会を蝕んでいた。
人々は気づき始めていた。
この秩序は、永遠ではない。
シェイクスピアは、この「まだ壊れていないが、確実に揺らいでいる世界」を劇場という場所で見つめ続けていた。
2. 劇場という「危険な観測点」
当時のロンドン劇場は、単なる娯楽施設ではなかった。
そこは、
-
身分の異なる人間が同じ空間に集まり
-
権力や道徳を疑似体験し
-
王や貴族の失墜を安全な距離で見る
社会の矛盾が一時的に可視化される場所だった。
シェイクスピアは、この危うい空間で問い続ける。
-
権力はなぜ腐敗するのか
-
人はなぜ自ら破滅へ進むのか
-
正しさは、なぜ人を救わないのか
これらはもはや、喜劇の枠には収まらない問いであった。
3. 悲劇の誕生 ― 人間が自分を壊す瞬間
『ロミオとジュリエット』
『ハムレット』
『オセロー』
『リア王』
『マクベス』
これらの作品に共通しているのは、外部の悪ではない。
破滅の原因は常に人間自身の内側にある。
-
疑い
-
恐れ
-
欲望
-
思い込み
-
正義への執着
シェイクスピアは、人間が「善意を持ったまま破滅する」過程を徹底的に描いた。
それは、彼自身が生きていた社会の写し鏡でもあった。
4. 王権と崩壊 ― なぜ王たちは倒れるのか
この時期の悲劇には、王や指導者が頻繁に登場する。
これは偶然ではない。
エリザベス一世亡き後、王権の安定は誰にも保証されていなかった。
シェイクスピアは王を英雄として描かない。
彼らを、
-
判断を誤る人間
-
感情に流される人間
-
孤独に耐えられない人間
として描く。
それは、
王もまた、人間である
という冷徹な認識の表明でもあった。
5. ジェームズ一世即位 ― 価値観の転換点
1603年、エリザベス一世が死去し、ジェームズ一世が即位する。
この出来事は、シェイクスピアの創作に決定的な影響を与えた。
-
王権神授説の強化
-
魔女裁判への関心
-
権力と恐怖の結びつき
これらは『マクベス』に色濃く反映される。
ここでの悲劇は、もはや個人の問題ではない。
社会構造そのものが、人間を破壊する悲劇である。

<バンクォーの亡霊が自分の席に座っているのを見て怯えるマクベス>
6. シェイクスピアは希望を捨てたのか?
よく誤解される点がある。
シェイクスピアは、悲劇を書くことで絶望したのではない。
むしろ逆だ。
彼は、
人間を幻想から解放するために、
希望を安易に描くことを拒んだ。
悲劇とは、人間を否定する物語ではない。
人間を過剰に美化しないための表現形式なのである。
7. 俳優への核心的な問い
この時期のシェイクスピアを演じる俳優に、最も重要なことがある。
それは、
登場人物を「被害者」にしないこと。
彼らは、自ら選び、誤り、進み、破滅する。
そこに哀れみだけを持ち込んだ瞬間、悲劇は薄っぺらくなる。
シェイクスピアの悲劇は人間の弱さを暴くが、同時に人間の尊厳を最後まで手放さない。
それを成立させるのは、俳優の冷静さと覚悟である。
悲劇を書き切ったあと、シェイクスピアは再び変化する。
破壊の果てに、彼は「赦し」や「和解」を描き始める。
次回は、悲劇の向こう側に立ったシェイクスピアが、どのような人間観へと辿り着いたのかを扱う。
それは老境の悟りではない。
現実をすべて見た者だけが到達できる地点である。
参考文献・文献一覧
-
Stephen Greenblatt, Will in the World, W. W. Norton & Company
-
Jonathan Bate, Shakespeare and Ovid, Oxford University Press
-
Peter Ackroyd, Shakespeare: The Biography, Anchor Books
-
James Shapiro, 1599: A Year in the Life of William Shakespeare, Faber & Faber
-
Stanley Wells, Shakespeare: A Life in Drama, W. W. Norton & Company