俳優革命 – プロ演技トレーナー(講師)/仲祐希の現場ノート

プロ演技トレーナー(講師)である仲祐希が独自の視点で語る俳優革命論

【第28回】事務所は企業、俳優は個人事業主 ― 商品化の構造を直視せよ

・前回の振り返り

 前回は「芸能事務所に所属する」ということの幻想と現実について触れた。多くの俳優志望者が「事務所に入れば夢が叶う」と誤解しているが、実際には所属はゴールではなくスタートである。

 事務所は教育機関ではなく、市場に俳優を“商品”として売り出す会社だ。そして、努力しない俳優ほど事務所から動かしてもらえない。所属することは安心ではなく、むしろ「ここからが本当の競争の始まり」なのだということを確認した。


・俳優にとって事務所とは何か

 ここからさらに深く踏み込もう。

 芸能事務所は一言でいえば「企業」である。企業には企業の論理があり、それは「収益を生み出すこと」である。いかに夢や芸術が美しい言葉で語られようとも、企業としてある以上、その中心には必ず経済合理性が横たわっている。

 俳優を「売る」とはどういうことか。俳優は事務所にとって“商品”であり、その商品をどのように売り出せば利益になるのか、どの俳優にコストをかければ回収できるのか――事務所は常にその視点を忘れてはいない。

 残酷に聞こえるかもしれないが、芸能事務所は「あなたを売る場所」ではなく、「売れるものを売る場所」なのである。

・商品として扱われる俳優

 多くの事務所が複数の所属者を抱えているが、それにはいくつかの理由がある。その一つに「高額を稼ぐ俳優は極一握りである」という事実がある。

 誰でも知っている有名俳優となれば一人の収益だけでも会社として成り立つが、それは極一握りの話である。

 多くはまだ有名ではない所属者を複数抱えることで、時代やトレンドの変化に対応し、その中の誰かが有名になる可能性を模索する。誤解を恐れずに言い換えれば、絵画や骨董品を自分の目利きで買うような感覚に近しいのかもしれない。

 そして、所属させた俳優その中で、売れる可能性を推し量った結果、「推される人」と「推されない人」が区別される。 

 この現実は残酷だが直視しなければならない。

 推される人は事務所の資源を集中投下され、メディア露出や大きなオーディションに積極的に送り込まれる。

 一方で推されない人は、小さな案件のオーディションへは登録し、書類も送るなどするものの、大型案件に事務所推薦枠として送り出されることはない。

 所属していても、商品価値が低いと判断されれば、実質的にチャンスは小さなものとなり、そのまま何もしなければ、存在しないのと同じとなってしまう危険性がある。

 言葉を選ばずに事実を述べれば、つまり、所属とは「売れる見込みのある商品」として一時的に棚に並べられることに過ぎない。そこからさらに“売れる理由”を示せなければ、商品棚の奥に押し込まれるのは時間の問題だ。

・俳優は会社員ではなく個人事業主

 ここで強調しておきたいのは、俳優は事務所の社員ではないということだ。

 社員であれば基本給があり、評価されなくても最低限の給与が保証される。だが、俳優にはその保証がない。俳優は一人一人が「個人事業主」であり、仕事がなければ収入もゼロだ。

 もちろん、事務所も所属させたからには商品価値を高める努力はする。例えば、その俳優がどんな役に適しているのかを見極めて売り出す方向性を定めたり、細かい部分でいえば宣材写真の撮り方やプロフィール文の書き方に指導が入ることもある。場合によっては良さそうなワークショップを案内したり、演技のトーンやオーディションでの立ち居振る舞いにアドバイスをするなど、事務所は所属俳優が市場で売れるように最低限の仕掛けを施す。

 だが、それでも事務所が「投資する」のは「売れる可能性がある」と判断した場合に限られる。

 可能性が低いと見なされれば、所属していても実質的に放置される可能性は消えない。つまり、所属しているだけでは食べていけない。俳優は常に「市場で生き残るために自分の商品価値をどう高めるか」自分で考え続けなければならないのだ。

 

<マイケル・チェーホフ

・事務所の意思決定の基準

 では、事務所はどのような基準で俳優を推すか。そこにはいくつかの明確な指標がある。

  1. 実力の有無
    オーディションを勝ち取れるか、最低でも最終候補に残れる実力があるか。

  2. 将来性・素材としての良さ
    パット見の印象や存在感などに光るものを感じるか。

  3. 集客力・知名度の有無
    SNSのフォロワー数、メディア露出のしやすさなど。芸術性よりも「どれだけ人を集められるか」が優先される。

  4. 本人の意思力
    この仕事にかける真剣さがどの程度あるか。本気度は才能を凌駕する場合があることを知っている事務所の場合は推す理由となる。

 もちろんこれだけではないが、とにかく、事務所が「推す」には必ず理由がある。そのことは所属者は絶対に理解しておくべきである。また、自分で考えても分からなければ、どうしたら推してもらえるのかを担当のマネージャーに聞いてみるのもいい。誠意のあるマネージャーであれば、あなたの本気度を汲み取って教えてくれることだろう。

・リスクと副作用

 芸能事務所に所属することはメリットばかりではない。事務所という「一つの店舗の中で販売される商品」として扱われるからこそのリスクも存在する。

  • タレント化の危険性
    短期的な収益を優先するあまり、芸術的な表現ではなく「集客できるタレント」として売り出される可能性がある。

  • 契約上の制約
    専属契約によって、他の仕事を受けられないこともある。自分の自由度が大きく制限される。

  • 競争の激化
    同じ事務所の俳優同士で、限られた案件の枠を奪い合うことになる。

・法の動きと最低限の理解

 最近では、文化庁が芸術分野の取引について「契約はちゃんと書面にしましょう」「お金の支払いを明確にしましょう」というガイドラインを出している。これは一見難しそうに聞こえるが、要は「口約束に頼るな」ということだ。

 下記に文化庁ガイドラインへのリンクを貼っておくので、ぜひ一度目を通してみて欲しい。

 文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けたガイドライン(検討のまとめ)

 

 例えば、アルバイトをする時も「時給はいくら」「働く時間は何時から何時まで」と契約書に書いてある。芸能の仕事も同じで、契約が紙に書かれていなければトラブルになった時に守ってもらえない。俳優は社員ではなく個人事業主だからこそ、契約をきちんと理解し、確認する必要があるのだ。

・自分の商品価値を高めるということ

 ここで、もう一度立ち返ろう。事務所は俳優を「商品」として扱う。では商品価値を高めるとは何か。それは「俳優として芸術的に観客の心を動かす力」を持つことである。

 見た目や知名度だけでは、一時的に売れても長続きしない。観客の心を震わせる力こそが、唯一無二の商品価値になる。俳優はタレントではなく芸術家である。その核心を忘れてはいけない。

・まとめ ― 所属は守られることではなく、試されること

 俳優にとって事務所に所属することは、守られることではなく試されることだ。事務所は企業であり、俳優は個人事業主である。そこには雇用関係はなく、契約関係しかない。

 所属したからといって仕事が自動的に与えられるわけではない。むしろ所属した瞬間に、「この俳優は市場で通用するのか」という厳しい視線に晒される。

 だからこそ俳優は、自分を芸術家として磨き続けると同時に、自分の商品価値を高め続けなければならない。事務所は俳優を教育してはくれない。磨き上げるのは自分自身だ。

 所属は守られることではない。所属とは、あなたが「商品」として本当に市場に通用するのかを試される舞台の始まりなのだ。

 


 

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