俳優革命 – プロ演技トレーナー(講師)/仲祐希の現場ノート

プロ演技トレーナー(講師)である仲祐希が独自の視点で語る俳優革命論

【第122回】英国演劇史(8/8)

21世紀:グローバル化・デジタル化・ハイブリッド演技

21世紀:グローバル化・デジタル化・ハイブリッド演技— そして2,000年の英国演劇史を貫く“ひとつの軸”とは・・

20世紀が問いを作り、21世紀がその問いを拡張する

20世紀の英国演劇は「国家」「階級」「リアリズム」「文学」「社会批判」といった明確なフォーカスを持っていた。

だが21世紀に入ると、社会の変化はさらに加速する。

これらの変化は、演劇という最古の芸術に、“新しい身体”と“新しい空間”を要求するようになった。

グローバル化 ― 英国演劇が「世界の共通語」になる

2000年代以降、英国は世界的に見ても最も国際ツアーの多い演劇大国となった。

などの名門劇場がアジア・アフリカ・中東にまでツアーを展開。

理由は明確である。

  1. 英語が世界語となり、観客人口が増えた

  2. 英国演劇は脚本の強度が高く、翻訳適性がある

  3. シェイクスピアという“世界共通の文化資源”を持っている

たとえば RSC の2012年「World Shakespeare Festival」は70ヶ国以上の劇団が参加した史上最大の国際プロジェクトとなった。

演劇研究者 Paul Prescott はこう述べる。

“21世紀のシェイクスピアは、
もはや英国のものではなく、世界のものとなった。”
— Paul Prescott, Shakespeare on the Global Stage, 2013

つまり英国は、グローバル演劇の中心国へと変貌したのである。

デジタル化 ― 演劇が“画面”を手に入れた

21世紀の英国演劇における最大の革命は

National Theatre Live(NT Live)
(2009年開始)

である。

NT Liveとは

  • 舞台作品を映画館に同時配信

  • 高解像度カメラで複数アングル撮影

  • 世界中の観客が“劇場の最前列”を体験できる

これにより、英国演劇は

すべてが劇的に向上した。

これは、舞台 × 映画 × 配信 のハイブリッド型演劇の先駆けであり、世界の演劇界は英国を真似する形でデジタルアーカイブと配信を急速に進めた。

さらに、

など、舞台の概念そのものが変わり始めている。

ハイブリッド演技 ― 映画・舞台・ゲームの境界が消える

21世紀の俳優訓練の現場(RADA / LAMDA / Guildhall)では、以下のような“複合型技能”が標準カリキュラム化している。

  • シネマ演技(Camera Acting)

  • 舞台の身体性(Stage Physicality)

  • 声の表現(Voice)

  • モーションキャプチャ技術(Performance Capture)

  • 即興・ドキュメンタリー演技(Verbatim)

  • AI脚本への対応力

  • 多文化演技(Cross-Cultural Acting)

つまり、

俳優はもはや単一ジャンルに閉じない。
舞台 × 映像 × デジタル を横断する“ハイブリッド俳優”が求められる。

舞台俳優の Andy Serkis(アンディ・サーキス)が『ロード・オブ・ザ・リング』のゴラム役でモーションキャプチャ表現を演劇に転換させたことは象徴的である。

多文化化の深化 ― “語るべき物語”が無限化する

21世紀英国演劇の最大の特徴は、

「誰もが自分の物語を舞台に持てる時代」になったことである。

  • 移民二世・三世

  • LGBTQ+

  • 女性作家の躍進

  • ブラック・ブリティッシュの作品

  • 旧植民地の歴史の再解釈

  • 社会マイノリティの声の可視化

  • ドキュメンタリー演劇の隆盛

ロンドンの劇場地図は20世紀とは全く異なる世界へと変化した。

演劇学者 Jen Harvie は述べる。

“21世紀の英国舞台は、国家よりも都市を映す。
ロンドンという都市の多文化性こそが、その中心テーマである。”
— Jen Harvie, Theatre and the City, 2009

つまり、演劇は国家よりも“都市”の象徴になったということである。

全体を貫く1本の軸 ― 俳優が観客の“現実感”を更新し続けてきた

第1回〜第8回まで通して見ると、英国演劇は2000年の歴史の中で驚くほど大きく姿を変えてきた。

しかし、その変化の中心には一貫した軸がある。

それは「俳優が観客の“現実感(Reality Perception)”を更新する存在である」
という原理である。

古代宗教劇では…

→ 俳優は「神話」を現実化する存在だった。

シェイクスピア時代には…

→ 俳優は「人間の内面」を初めて演じる存在になった。

近代リアリズムでは…

→ 俳優は「社会の現実」を客席に持ち込む存在となった。

20世紀以降は…

→ 俳優は“暴力・政治・階級・性・移民”など 社会の暗部を可視化する存在になった。

21世紀は…

→ 俳優は“デジタル・多文化・AI社会の現実”を再定義する存在となった。

結局のところ、

時代が変わっても、俳優は常に、「観客が世界をどう感じるか」を更新する職能である。

これこそ英国演劇史が証明してきた“中心の原理”である。

結び

全8回にわたって英国の演劇史を丁寧に辿ってきた。

英国演劇史は“俳優の進化史”でもあり、AIの誕生という歴史的転換点を迎えた現代において、その終わりはまだ見えない。

2,000年以上にわたる長い歴史を見渡すと、英国演劇は常に“問い直し”によって進化してきた芸術であり、演劇そのものは常に“未完成のまま更新される文化”であることがわかる。

21世紀の現在、英国演劇は次のステージへ向かっている。

  • AIと俳優の共演

  • デジタル・ツインによる舞台

  • VR劇場

  • モーションキャプチャ演劇

  • 国境を越えた共同制作

  • 物語の多中心化

  • 新しい身体技法の誕生

だが、この未来の中でも、英国演劇史の原理は変わらないだろう。

俳優とは、観客の“世界の見え方”を変える存在である。
演劇とは、世界を更新し続けるための場である。

それは過去・現在・未来すべてを貫く英国演劇史の核心である。


参考文献

  • Paul Prescott, Shakespeare on the Global Stage, 2013

  • Jen Harvie, Theatre and the City, 2009

  • Hans-Thies Lehmann, Postdramatic Theatre, 2006

  • Christopher B. Balme, The Cambridge Introduction to Theatre Studies, 2008

  • National Theatre Archives

  • Royal Shakespeare Company Archives

  • UK Arts Council Reports (2000–2020)

  • British Theatre Consortium Research Papers


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