21世紀:グローバル化・デジタル化・ハイブリッド演技
21世紀:グローバル化・デジタル化・ハイブリッド演技— そして2,000年の英国演劇史を貫く“ひとつの軸”とは・・
20世紀が問いを作り、21世紀がその問いを拡張する
20世紀の英国演劇は「国家」「階級」「リアリズム」「文学」「社会批判」といった明確なフォーカスを持っていた。
だが21世紀に入ると、社会の変化はさらに加速する。
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グローバル化(Globalisation)
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デジタル技術の進化(Digitalisation)
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実写×映像×音楽のハイブリッド化(Hybridisation)
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アイデンティティの多様化(Diversity)
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AI・VR・モーションキャプチャの導入
これらの変化は、演劇という最古の芸術に、“新しい身体”と“新しい空間”を要求するようになった。
グローバル化 ― 英国演劇が「世界の共通語」になる
2000年代以降、英国は世界的に見ても最も国際ツアーの多い演劇大国となった。
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ナショナル・シアター
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ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー(RSC)
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Young Vic
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Cheek by Jowl
などの名門劇場がアジア・アフリカ・中東にまでツアーを展開。
理由は明確である。
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英語が世界語となり、観客人口が増えた
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英国演劇は脚本の強度が高く、翻訳適性がある
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シェイクスピアという“世界共通の文化資源”を持っている
たとえば RSC の2012年「World Shakespeare Festival」は70ヶ国以上の劇団が参加した史上最大の国際プロジェクトとなった。
演劇研究者 Paul Prescott はこう述べる。
“21世紀のシェイクスピアは、
もはや英国のものではなく、世界のものとなった。”
— Paul Prescott, Shakespeare on the Global Stage, 2013
つまり英国は、グローバル演劇の中心国へと変貌したのである。

デジタル化 ― 演劇が“画面”を手に入れた
21世紀の英国演劇における最大の革命は
National Theatre Live(NT Live)
(2009年開始)
である。
NT Liveとは
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舞台作品を映画館に同時配信
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高解像度カメラで複数アングル撮影
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世界中の観客が“劇場の最前列”を体験できる
これにより、英国演劇は
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観客数
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収益
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アクセス(地方・海外)
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アーカイブ文化
すべてが劇的に向上した。
これは、舞台 × 映画 × 配信 のハイブリッド型演劇の先駆けであり、世界の演劇界は英国を真似する形でデジタルアーカイブと配信を急速に進めた。
さらに、
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VR演技
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モーションキャプチャによる俳優の新たな身体
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e-Sportsと演劇の融合
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AI脚本(Juilliardでも実験開始)
など、舞台の概念そのものが変わり始めている。
ハイブリッド演技 ― 映画・舞台・ゲームの境界が消える
21世紀の俳優訓練の現場(RADA / LAMDA / Guildhall)では、以下のような“複合型技能”が標準カリキュラム化している。
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シネマ演技(Camera Acting)
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舞台の身体性(Stage Physicality)
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声の表現(Voice)
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モーションキャプチャ技術(Performance Capture)
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即興・ドキュメンタリー演技(Verbatim)
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AI脚本への対応力
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多文化演技(Cross-Cultural Acting)
つまり、
俳優はもはや単一ジャンルに閉じない。
舞台 × 映像 × デジタル を横断する“ハイブリッド俳優”が求められる。
舞台俳優の Andy Serkis(アンディ・サーキス)が『ロード・オブ・ザ・リング』のゴラム役でモーションキャプチャ表現を演劇に転換させたことは象徴的である。
多文化化の深化 ― “語るべき物語”が無限化する
21世紀英国演劇の最大の特徴は、
「誰もが自分の物語を舞台に持てる時代」になったことである。
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移民二世・三世
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LGBTQ+
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女性作家の躍進
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ブラック・ブリティッシュの作品
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旧植民地の歴史の再解釈
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社会マイノリティの声の可視化
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ドキュメンタリー演劇の隆盛
ロンドンの劇場地図は20世紀とは全く異なる世界へと変化した。
演劇学者 Jen Harvie は述べる。
“21世紀の英国舞台は、国家よりも都市を映す。
ロンドンという都市の多文化性こそが、その中心テーマである。”
— Jen Harvie, Theatre and the City, 2009
つまり、演劇は国家よりも“都市”の象徴になったということである。
全体を貫く1本の軸 ― 俳優が観客の“現実感”を更新し続けてきた
第1回〜第8回まで通して見ると、英国演劇は2000年の歴史の中で驚くほど大きく姿を変えてきた。
しかし、その変化の中心には一貫した軸がある。
それは「俳優が観客の“現実感(Reality Perception)”を更新する存在である」
という原理である。
古代宗教劇では…
→ 俳優は「神話」を現実化する存在だった。
シェイクスピア時代には…
→ 俳優は「人間の内面」を初めて演じる存在になった。
近代リアリズムでは…
→ 俳優は「社会の現実」を客席に持ち込む存在となった。
20世紀以降は…
→ 俳優は“暴力・政治・階級・性・移民”など 社会の暗部を可視化する存在になった。
21世紀は…
→ 俳優は“デジタル・多文化・AI社会の現実”を再定義する存在となった。
結局のところ、
時代が変わっても、俳優は常に、「観客が世界をどう感じるか」を更新する職能である。
これこそ英国演劇史が証明してきた“中心の原理”である。
結び
全8回にわたって英国の演劇史を丁寧に辿ってきた。
英国演劇史は“俳優の進化史”でもあり、AIの誕生という歴史的転換点を迎えた現代において、その終わりはまだ見えない。
2,000年以上にわたる長い歴史を見渡すと、英国演劇は常に“問い直し”によって進化してきた芸術であり、演劇そのものは常に“未完成のまま更新される文化”であることがわかる。
21世紀の現在、英国演劇は次のステージへ向かっている。
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AIと俳優の共演
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デジタル・ツインによる舞台
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VR劇場
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国境を越えた共同制作
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物語の多中心化
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新しい身体技法の誕生
だが、この未来の中でも、英国演劇史の原理は変わらないだろう。
俳優とは、観客の“世界の見え方”を変える存在である。
演劇とは、世界を更新し続けるための場である。
それは過去・現在・未来すべてを貫く英国演劇史の核心である。
参考文献
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Paul Prescott, Shakespeare on the Global Stage, 2013
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Jen Harvie, Theatre and the City, 2009
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Hans-Thies Lehmann, Postdramatic Theatre, 2006
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Christopher B. Balme, The Cambridge Introduction to Theatre Studies, 2008
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National Theatre Archives
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Royal Shakespeare Company Archives
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UK Arts Council Reports (2000–2020)
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British Theatre Consortium Research Papers
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